企業に代表される資金不足主体が、家計等の資金余剰主体から資金を借り入れたり株式を発行して資金を調達することを金融という。金融システムとは、法令や規制などの制度的枠組みだけでなく、金融機関の行動パターンや慣行などを含む金融の仕組み全体をいう。





1.金融システムの機能

 我が国の金融組織は、基本的にのように整理できる。伝統的に、短期金融、長期金融、中小企業金融、農林漁業金融などの分野において専門金融機関がきめ細かく設定されてきたが、金融の自由化や金融システム改革により、事実上業態間の垣根は消えつつある。
 金融機関の最も基本的な機能としては、金融取引に係る取引コストの軽減・節約を通じて金融取引の円滑化を図ることがあげられる。また、銀行は、資金仲介機能決済機能を通じて経済活動を円滑に進める役割を果たしている。
 なお、銀行は受け入れた預金の一部を支払い用の現金準備として残し、残りを貸し出しに振り向けるが、その貸し出しがまた企業の設備投資などの資金として利用され、いずれ新たな預金としてまた銀行に戻ってくる。こうした過程が繰り返されることによって最初の預金の何倍もの預金が創造される。これを銀行の信用創造機能という。

2.金融自由化の進展

(1) 海外の金融制度の動向
 欧米諸国では、70年代からはじまった金融の自由化があらゆる面で進行しており、それが、世界の潮流ともなっている。
 アメリカでは、29年の世界恐慌の経験から、預金金利の上限規制、州際業務規制(州を越えた支店禁止)、銀行証券の分離などの規制が行われてきた。しかし、預金金利の完全自由化が70〜80年代に成し遂げられたほか、州際業務規制や銀行証券の分離についても、法の網をかいくぐる形でなし崩し的に有名無実化され、実質的に自由化が進んだ。なお、法律面では、州際業務規制が94年、銀行証券の分離が99年に自由化されている。
 イギリスでは、商業銀行主義の下、銀行、証券、保険の自然な「すみわけ」が行われてきた。金利の自由化は80年代に完了し、86年には、証券業務の大改革(いわゆる「ビッグバン」)が行われた。これにより、証券会員資格の自由化や手数料の自由化、銀行による証券業務進出が急速に進み、業務障壁のないユニバーサルバンキングが実現している。
 ドイツは、ユニバーサルバンキング制度を採用しているが、実際は上位の大銀行しか行っていない。金利については60年代に完全自由化している。間接金融優位のため、資本市場が有効に機能していないなどの問題点も抱えている。EUではドイツ、フランスなど大陸諸国のユニバーサルバンキングの伝統を引き継ぎ、銀行・証券の兼業をみとめる統一ルールが実施されている。
 なお、経済のグローバル化が進展するなかで、我が国を含めた世界の金融システムは、米英型(直接金融中心)に収束していくという指摘がある。

(2) 我が国における金融の自由化
 我が国の戦後金融制度の特色としては、(1)業務分野規制(長期金融と短期金融の分離、銀行と証券の兼業禁止、銀行と信託の分離)、(2)金利規制(預金金利等の上限規制)、(3)内外市場分断規制(為替管理、対外資本取引原則禁止)、(4)間接金融の優位(銀行保護育成)、などがあげられる。これらは戦後の資金不足の時代に資金の効率的活用に役立ち、設備投資主導の成長を促し高度成長に寄与してきた。
 しかし、(1)70年代半ばの石油ショック後の不況対策として国債が大量発行され、その円滑な市中消化を図るため各種規制緩和が行われたこと、(2)80年の外為法改正で対外資本取引を原則自由化したことから金融の自由化・国際化が促されることとなり、84年の「日米円・ドル委員会」報告及び大蔵省「金融の自由化及び円の国際化についての現状と展望」において示された具体策の実施により自由化が本格的にスタートした。

(3) 金利の自由化
 我が国では、戦後、経済の成長を図るため企業に低利の資金を供給する必要があったこと、また安定的な金融システムを構築するため資金調達コスト(預金金利)を低く抑える必要があったことから、預金金利の規制が続けられてきた。しかし、79年の譲渡性預金(CD)導入以降、預金金利の自由化が始まり、94年10月にすべての預金金利が自由化された。

(4) 金融の証券化
 金融の証券化は、一般に資金の運用・調達の両面において従来よりも幅広く証券が利用されるようになることをいう。我が国では、このうち、企業の資金調達において債券やCPの比重が高まる「企業金融の証券化」が急速に進んでおり、アメリカ等で発達している住宅抵当証券のような「資産の証券化(企業の保有資産の一部を証券化することで流動化し、リスクを分離、分散させつつ投資家に売却して資金を調達すること)」についても近年活発化しつつある。

(5) 業務分野規制の緩和
 金融機関の経営の安定化と利益相反防止の見地から、業務分野規制が行われてきたが、金融の自由化が進むなかで、次第に実態にそぐわなくなり、81年の銀行法、証券取引法の改正を機に段階的に業態間の垣根の解消が進められてきた。93年4月に施行された金融制度改革法では、銀行・信託・証券の各業態が子会社方式により他業態の業務に相互参入できるようになった。しかし、激変緩和措置として、証券子会社には株式及び関連商品の発行・流通業務は行えない、信託子会社は貸付信託、年金信託などが取り扱えない等の制限を設けたため、本格的な相互参入には至らなかった。
 このように、我が国では金融の自由化が進められたものの、欧米諸国に比べると大きく立ち遅れることとなった。また、バブルの崩壊(「バブルの発生と崩壊」参照)により、金融機関の経営体質は著しく悪化し、その間、東京金融市場は、残存する参入障壁や業務規制等から魅力を減じ、国際的な比重低下を余儀なくされてしまった。

3.金融システム改革(日本版ビッグバン

(1) 改革の3原則
 96年11月、橋本内閣は金融システムの包括的で徹底した改革を打ち出し、その3つの原則として、Free(市場原理が働く自由な市場)、Fair(透明で信頼できる市場)、Global(国際基準に則した開かれた市場)を掲げた。97年6月に示された「金融システム改革のプラン」に基づき、98年6月には「金融システム改革法」が成立し、2001年までに大部分の改革が完了することになっている。

(2) 改革の概要
(1)外為法(外国為替及び外国貿易管理法)改正 98年4月、通貨の交換を外国為替公認銀行に限定するいわゆる為銀制度が廃止され、銀行以外でも外国為替の売買ができるようになり、個人が外貨建て海外預金を自由に開設できるようになった。また、事前の許可・届出なしに、内外資本取引や決済等を行うことができるようになったため、企業は、外貨の相殺取引(ネッティング)が自由に行えるようになった。
(2)参入の促進 前記2(5)における証券子会社、信託子会社の業務制限が99年10月から撤廃され、銀行・信託・証券における完全な相互参入が実現した。また、保険業務と金融他業務との相互参入も進められ、2001年4月には銀行窓口での保険商品の販売が一部解禁される。
 また、独占禁止法の改正により、持ち株会社の設立が認められるようになったことを踏まえ、98年3月、銀行業、証券業、保険業を営む会社を子会社とする金融持ち株会社設立が認められるようになった。
(3)証券市場改革「金融市場」参照
(4)ルール整備と市場監視体制 市場原理を十分に機能させるための前提として公正・透明なルールを設定し、その遵守状況の監視に徹するとしている。具体的には、連結決算ベースの情報開示、インサイダー取引など不公正取引に対する罰則の強化、検査・監視部門の人員・ノウハウなどの面での強化、などがあげられている。
 また、98年6月には、金融監督庁(2000年7月より金融庁)が大蔵省から分離発足し、専管の監視体制が生まれた。


4.金融界の再編

 民間金融機関では、国際競争力の回復にむけた再編を進めている。その方向性としては、(1)規模の経済範囲の経済を追求した、大手都銀、信託、証券、保険による統合、合併、あるいは連携、(2)業務分野の集約、統廃合による合理化の徹底と、比較優位部門への集中による利益を狙った、大手都銀や地銀による特化戦略、があげられる。
 また、金融再編の動きは、公的金融にも及んでおり、(1)資金運用部預託制度の廃止による市場評価制と財政規律の導入(財投機関の肥大化・非効率化の防止)(「財政投融資」参照)、(2)政府金融機関の集約と公団・事業団の統廃合(財投実施機関の機能・役割の見直し)が行われている。(2)については、既に99年10月に、日本政策投資銀行(日本開発銀行と北海道・東北開発公庫の統合)、国際協力銀行(日本輸出入銀行と海外経済協力基金の統合)、国民生活金融公庫(国民金融公庫と環境衛生金融公庫の統合)が設立されたほか、2003年には郵政三事業が公社化されることになっている。